mb0
今回紹介いたしますのはこちら。

「諸星大二郎劇場 第3集 美少女を食べる」 諸星大二郎先生 

小学館さんのビッグコミックススペシャルより刊行です。


さて、諸星先生の読み切りを収録していく短編集となっている本シリーズの最新作となる本作。
今巻では、ビッグコミックの増刊号に連載されている「諸星大二郎劇場」からの作品を収録しております。
その中で今回は、表題作となる「美少女を食べる」を紹介させていただきたいと思います!!




19世紀のロンドン。
夜の闇の中、とあるレストランは「悪趣味クラブ」なる奇妙な名前のクラブで貸し切りになっていました。
テーブルを囲んでいるのは8名の紳士たち。
進行役の男性は、いつものように今回の集まりで催されるイベントの説明……をせず、参加者の一人であるアシュトン卿にバトンを渡しました。
そもそもいつもの会場でなく、このレストランで会合を催したのは、アシュトン卿の提案でして、彼は早速今回の件の説明を始めました。
わざわざレストランを会場に指定したと言うことは、むろん食事を楽しんでいただきたいからでありますが、その前に恒例の行事として私の話を聞いていただきたいのです。
私が今日お話するのは、人肉料理の話です。
こう言うとそんな話は聞きあきたとおっしゃるかもしれませんが、ただの人肉料理ではありません。
美少女の人肉料理なのです。
少なくとも、そう言う触れ込みなのです。

アシュトン卿の話はこうでした。
中南米のとある国の地方都市にあるレストラン。
そこは一見普通のレストランながら、ごくまれに特別ディナーが提供されると言います。
参加が許されるのはごく少数の会員か、その紹介による選ばれた者だけ。
アシュトン卿はとある伝手でその特別ディナーに招かれたのです。
会食が始まる前に、料理長が挨拶をしました。
これから出すメインディッシュは普通の肉料理ではございません、美少女の肉料理でございます。
本日はステーキとして提供させていただきます。
ですがもちろんそう言われても、素直に信じるものなどいません。
「ステーキ」として出されれば、何の肉かなどわかりはしないのですから。
料理長は、食材となった少女の写真がある、と一枚の写真を出しました。
しかしなぜ彼女が食材になったのか、と言う理由は話せないとのこと。
出す部位はリブロースとももとランプ。
少女の生首だとか、解体中の写真だとか、そう言ったものは「血の濁った牛の首を目の前に置いていては、牛ステーキを美味しく食べることはできない」のと同じ理由で持ってくることはできないと言うのです。
それを聞けば、この料理が人肉ではなく、そんな雰囲気を作って背徳感やスリルを楽しむアトラクションなのだろう、と予想できると言うもの。
そこでアシュトン卿は、すこし意地悪をして、タンは出せるのか、と尋ねてみました。
料理長は、お客様の数を考えると、少女一人分のタンでは不十分だと思って今回は用意していない、場合によっては一人分は出せるかもしれないのでコックに伝えておく、と答えるのでした。

そして始まる食事。
前菜、スープ……と出たところで、その場にフロアマネージャーが現れました。
彼は、皆様の中にはお疑いの方もおられるかもしれませんので、特別に食材になる直前の写真をご覧いただきます、と何枚かの写真を渡してきました。
その写真は、少女が椅子に縛り付けられていたり、まな板とでも言いたそうな大きな木の板の上に縛り付けられたりしているものでした。
さらに、少女が来ていたドレスだと言って服、少女が行方不明になった時の新聞記事……と、いろいろ持ってくるのです。
mb1
もちろんそれも確たる証拠にはなりません。
が、雰囲気を盛り上げるには十分な演出と言えるでしょう。
やがてメインディッシュの一つ、リブロースのステーキが運ばれてきました。
口にしてみれば、確かに……牛肉でもない、ラムとも違う、食べたことの無い肉の味がします。
これも、あまり料理に使われない肉を人肉と言って出しているだけ、かもしれません。
続けて今度はもものステーキ。
ここでフロアマネージャーは、その美少女が作ったと言う詩や、彼女の書いた日記の一節を読むといった演出を行います。
最後にランプが出てきまして……アシュトン卿も折角なので、少女の肉だと思い込んで食事を楽しむことにしよう、と思っていたのですが……
そこに、1人の女性が入ってきたのです。
女性は参加者たちに尋ねました。
お食事中に申し訳ありません、今外を通りがかりますと、詩を朗読する声が聞こえまして。
その詩が、一週間間に行方不明になった娘の作った詩とそっくりなので……
そう言う女性、今度は写真やドレスを見つけ、娘の写真や娘の服がどうしてここにあるのか、と声を張り上げました。
mb2
その日記帳にも見覚えがある、あなた達、娘をどうしたのですか!?
そう声を上げている女性を、ここは会員しか入れないから、と追いだそうとするフロアマネージャー。
……参加者たちは、そう言えば前菜に長い髪の毛が入っていた、スープに指輪が入っていた、などと演出だろうと思っていたあれこれを口に出し始めるのです!
ざわつき始めた会場に、今度はぞろぞろと警察が入ってきました!!
そして警察は、このレストランで人が殺されて、怪しい会合を開いていると言う密告があったから、全員逮捕する、と参加者たちを警察署に連行するではありませんか!!
もしかして本当に……そんな予感がよぎるアシュトン卿。
ですが取り調べは形式的なもので、すぐに釈放となりました。
やはりこれも演出で、他の参加者もそうだったのでしょう。
デザートを食べられなかったことに少し不満はあったものの、アシュトン卿は釈放されたその足でホテルへ帰ったのです。
……が、それでディナーは終わりではありませんでした。
アシュトン卿の部屋に、あるものが届けられたのです。
それは……
人間の舌くらいの大きさのタンステーキが一切れ。
中々味なことをするな、とステーキにナイフを入れると……何とタンの中から、人間の歯が出てきたではありませんか。
と同時に、出入り口の扉の方から物音が聞こえてきます。
物音に気が付いて扉の方を見てみますと、扉の下の隙間から紙片が顔を覗いていました。
そっと手に取ると、その紙にはこう書いてあったのです。
mb3
私の娘はお口に合いましたか?

流石にタンは食べる気にならず、捨ててしまったと言うアシュトン卿。
ですが、歯だけは取っておいた、と悪趣味クラブの面々に一本の歯を見せてきました。
そして、問いかけるのです。
みなさんはこの話を聞いてどう思われましたかな?
レストラン関係者が起訴されたと言う話は聞きません。
その国は大抵のことに賄賂がまかり通る国で、警察の動きも一部のものが金をもらって演じたことにすぎないかもしれないのです。
私がその会食に払った金額は相当なもので、そのくらいのことはするかもしれません。
それとも本当に少女は殺されていて、証拠がないため母親は起訴できず、せめてもの復讐であの手紙を送ったのでしょうか?
今となっては調べようもありません。
ただ、私があの時味わったステーキの味、歯ごたえ、それは確かに今まで食べたことの無いものでした。
確かめる方法はただ一つ、本物の少女の肉を食べて比べてみることです。
今回このレストランで会合をしてもらったのは、その疑問を確かめたいからなのです。
あの人肉レストランは、決まった店を持たず、世界中を渡り歩いているのです。
今回、渡りをつけてこの店に出張してもらいました。
それははいよいよコースをお楽しみいただきますが……皆さん、もうお気づきでしょうね?
ここでその美少女料理を皆さんと一緒に堪能しようと言うのが今回の趣旨なのです。
今回は私自ら食材を選び、数日前から用意しておきました。
これが今回料理になる美少女です。
……そう言って、テーブル上に置いてあった何かを隠していた布を取り去りました。
出てきたのは、やはり美少女の写真です。
その瞬間、進行役の男性が立ち上がり……こう叫びました!
mb4
それは数日前から行方不明になっている私の娘だ!!
……ですが、参加者たちはまったく取り乱しません。
何故なら、それも演出なのかもしれないのですから。
そして……会食は始まって……!!



と言うわけで、何ともモヤモヤが止まらないエピソードとなる表題作を収録した今巻。
このお話、この後にオチが待っているのですが……諸星先生のような大物だからこそ許されるオチと言いますか、全ての謎が解けるタイプのオチにはなっておりません。
賛否両論があるかもしれないその結末ではあるものの、「後味の悪さ」を最大限に増幅させる結末になっているのです!!
そんな後味の悪さが堪能できるこのお話の他にも、様々なお話が用意されております。
インモラルとどこか奇妙なエロスを内包した、「舌切り雀」モチーフのお話である「鳥の宿」。
本書に収録されている中では最長編となる、自分とそっくりの人形を持つ少年と、その少年の魅力に憑りつかれてしまう主人公の半生を描く「月童」「星童」。
日本の民話「手なし娘」をモチーフに、SFの世界観のストーリーを展開する「アームレス」。
映画館の中でタイムスリップしてしまう「タイム・マシンとぼく」。
そして、主人公がなぜか増えてしまう、悪夢のような物語「俺が増える」。
異世界の物語から、古代中国的なお話、近代ヨーロッパにSF、昭和レトロ的な世界観でのお話などなど、様々な舞台の様々なお話が収録されております。
どれも諸星先生らしい、諸星先生ならではの味わいのお話が楽しめます。
が、ただ諸星先生らしいだけではなく、新たな方向性にもチャレンジしている様子が見えるのもポイントでしょう!
特に「月童」「星童」はそっち系にも手を伸ばすか!と思わずうなってしまう事うけあい!
諸星先生の未だ衰えることの無い開拓心も見える本作、まさしく必見です!




今回はこんなところで!
さぁ、本屋さんに急ぎましょう!!