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今回紹介いたしますのはこちら。

「エムブリヲ奇譚」 原作・山白朝子先生 漫画・屋乃啓人先生 

メディアファクトリーさんのMFCより刊行です。


屋乃先生はアシスタント業を務める傍ら、イラストの仕事やテレビ番組の劇中作用原稿の提供など、精力的に活動されている漫画家さんです。
そんな屋乃先生が、数々の名義で様々な作風の著作を発表している山白先生の作品を漫画化した本作。
独特の空気をもつ山白先生の原作をどのように漫画化しているのでしょうか!?



とある町での事。
一人の男が、酒場からたたきだされておりました。
その叩きだされた男の名は、耳彦。
なんでも文無しなのにもかかわらず、真昼間から酒を飲んでいたとのことで。
耳彦は、これには深い事情があるんだと言いだすのですが……実際は、財布に金がないことを忘れていただけ。
何とかこうやって時間を稼いでいるうちに、騒ぎを聞きつけて知り合いなりやさしい通りすがりが手をさしのべてくれないかとあがいているだけなのでした。

そうこうしているうちに、その助けの手は差し伸べられることとなります。
にこやかに手を振りながら店主と耳彦の間に割って入ったのは……和泉蝋庵という男です。
その姿を見て耳彦は、博識で説教臭い、今一番会いたくないやつだと顔をしかめたのですが……蝋庵のほうは、店主にその耳彦という男はこれと言って役に立たないが人に害を与えることもない男だ、とフォローになっているのか怪しいフォローをしてくれました。
そして耳彦が失業中で文無しだと知ると、だったらこの酒代を肩代わりする代わりに仕事を引き受けてくれ、と持ち掛けてきたのです。

蝋庵の仕事は、文筆業です。
とはいっても小説家と言うのとは少し違いまして、「旅本」を書くことを生業としているのです。
通信手段などがほとんどなかった当時、観光地と言うのは基本音に聞こえるような有名スポット以外ほとんど知られていないのが常。
そこで、作家が自らの足で噂などで聞こえてきた「あるらしい」観光地に取材に向かい、本にする……
それがこの蝋庵のような旅本作家なのです。
ところでこの蝋庵と言う人物ですが、旅の道連れとなるにはひとつ大きな問題がありまして。
いや、人格的には問題ないのです。
問題があるどころか、旅先の風習の違いなどでどんな理不尽な扱いを受けても不満一つ漏らしませんし、筆舌に尽くしがたい味の料理が出されても顔色一つ変えない人格者。
長旅でも疲れを見せることもありませんし、版元から取材費が出るとはいえ金払いも良いと、人間としては不満があるどころかむしろ尊敬に値する好人物です。
そんな彼の唯一の問題と言うのが……異常な方向音痴だと言う事。
一本道を歩いていても道に迷うほどの方向音痴で、目指す場所に行くまでさんざん遠回りしてしまうことなど日常茶飯事!
それどころか、常識ではありえないような出来事が起きる摩訶不思議な場所に迷い込んでしまうこともあるのです。
山をさんざん登った先で海に出てみたり、双子しか生まれない村にたどり着いてみたり、馬を神とあがめる村や、入っていると様々な動物が寄ってくる温泉で得体のしれないモノに出会ったり。
ときには命の危険すら感じるその旅路の中で、耳彦は思いもよらないものに出会うこととなるのです。

全体が陰気な雰囲気に包まれた村での事。
酒はどこで飲んでも同じだ、と耳彦が酒場でクダを巻いていますと、そこで一人の女と知り合います。
少し情緒が不安定な感じも受けた彼女ですが、酒が進んでいくうちに耳彦とすっかり打ち解けました。
なんでも彼女は、ある病腫を取ってもらい、新たな人生を歩むんだとか。
にこやかな笑顔で、その病腫を取ってくれるという場所、「中条流」に入っていく女。
また飲もうと約束した後、二人は別れるのですが……
急な眠気が襲ってきてしまい、耳彦は近くの川のほとりでうとうととしてしまうのでした。

何やら男二人の話声が聞こえてきます
何人目だ下手くそめ、よくあれで医者が務まる。
処理する身にもなってみろってんだ。
そんなことを言いながら、男たちは何かを耳彦の近くに投げ捨て、去っていきました。
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なんだこれはと耳彦が拾い上げてみますと……それはなにか、芋虫のような魚のような、肉色の小さな塊でした。
しかもよくよく見てみると、周りには同じようなものがたくさんあって……?

エムブリヲというものだよ、それは。
蝋庵はその小さな肉片を見てそう言いました。
エムブリヲ……それは、胎児のこと。
人間は母親の腹の中でその形で生まれ、そして大きくなって外界に産み落とされる。
初めて知ったその事実に驚愕する耳彦でしたが……それではなぜあの川辺に無数のエムブリヲが捨てられていたのでしょうか?
何でもこの辺りには有名な堕胎医の一門、中条流の門下が居を構えているそうで。
その医者が処理をする手間を惜しんで捨てているのだろう、と蝋庵はいいます。
……すると、あの酒場で知り合った女の言っていた病腫と言うのは……
複雑な気持ちに襲われる耳彦ですが、そのもやもやした気持ちはその後さらに増幅してしまうことになります。
……あの酒場の女が、崖下で遺体となって発見されたのです!!
自殺か、事故か。
そんな感じで村ではあっさりと片づけられたのですが……

村から発ち、次の目的地に向かう二人。
耳彦は、あの時聞いた男二人の会話と、その時の光景を良く思いだし……医者のミスで女は死に、崖下に捨てられたのだという結論に行きつきます!!
早速糾弾しようとしたものの、そこで蝋庵の迷い癖が出てしまいます。
なぜか村に戻る道が見つからず、村にはもう二度と行くことはできなくて……
やり場のない怒りに激高する耳彦ですが、蝋庵はこう諭します。
秘密を暴いたところでどうなる。
あの村は、あの医者のおかげで成り立っている。
旅人に冷たかったあの村では、誰かが協力してくれるとも思えない。
我々にはどうにもできない、仕方なかったのさ。
……確かに、蝋庵の言う通りでしょう。
無力感に打ちひしがれる耳彦ですが、そこで懐に入れっぱなしにしていたエムブリヲに気が付きます。
母の胎内に居なければ生きてはいられないエムブリヲ、埋葬してやるのがいいと蝋庵は言うのですが……
ところが、どうしたことなのでしょうか。
耳彦が懐に入れていたエムブリヲは
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……生きて、いるのです!
蝋庵をして、バカなと驚愕せずにはいられない、あり得ないこの状況。
耳彦は、このエムブリヲがあの酒場の女の子供であることを確信!!
そしてこのあり得ない生存を果たしているエムブリヲが、あの女の生命力そのものだと感じ……
蝋庵に、こう宣言するのです。
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これは、俺が育てます。



というわけで、耳彦とエムブリヲが出会った本作。
この後は耳彦とエムブリヲに焦点を当て、物語は進んでいくことになります。
あの女との別れ方のこともあり、エムブリヲに深い思い入れを持ってしまう耳彦はこの後、このエムブリヲの父親になろうと奮闘することに。
ですがもともとあまり働き者とは言えない彼が、急にまっとうに父親をやろうとしてもやはり難しい所があるようで……
ままならない毎日がすぎるなか、ふとしたことから思いもよらない方法での食い扶持を見つけることとなる耳彦。
その予定外の実入りが、彼の生活を狂わせてしまうことになるのです!!
エムブリヲは彼に何をもたらすのか?
妖しくも切なく、そして暖かな物語の結末は……

そんな本作、原作の第1話に当たる作品を独自の設定を追加するなどのふくらみを持たせて漫画化したものとなっています。
原作は純和風な雰囲気で少しとっつきずらさを感じてしまうかもしれない所がありましたが、そこは屋乃先生のすっきりとした絵柄で読みやすい味わいに仕上がっています。
その隙利した絵柄ゆえにおどろおどろしさのようなものはやや薄れてしまっているものの、文字だけでは表現しきれない(逆に言えば創造の余地があるのですが)、キャラクターの表情などが楽しめ、そのあたりに注目して読むのも面白いかもしれませかもしれませんよ!!



今回はこんなところで!
さぁ、本屋さんに急ぎましょう!!