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今回紹介いたしますのはこちら。

「魔の断片(かけら)」 伊藤潤二先生 
朝日新聞出版さんのネムキプラスコミックスより刊行です。

さて、本作は現役ホラー漫画家のトップを走る伊藤潤二先生の、ファン待望最新ホラー短編集です。
ホラー漫画家としての地位はもはやゆるぎないものである伊藤先生ですが、「憂国のラスプーチン」の連載もあり、ホラー漫画の単行本は「ブラックパラドクス」依頼実に5年ぶり!!
ちなみに帯に書いてある「8年ぶり」というのはホラー「短編集」の発刊が8年ぶりということのようです!

伊藤先生らしい、ホラーとギャグの紙一重感が楽しい8編が収録されている本作ですが、今回はその中でも正統派な不気味さが楽しめる「黒い鳥」を紹介したいと思います。


とある山にバードウォッチングにやってきた久米。
するとその山中で、登山中転落して動けなくなってしまったという男、森口に出会いました。
すぐに救助を呼び、病院に搬送される森口。
入院となりましたが、足の骨折はすでに癒合しており、転落してからだいぶ時間が照っていることが伺えました。
ほどなくやってきた警察は、彼がひと月前に登山計画書が出されている森口なのか、と確認。
なんと森口はひと月もの間、転落した状態で生き延びていたらしいのです!
動けないにもかかわらず、ひと月もの間生き延びていただけでなく、命に別条がないほどの健康状態を保っていた……?
本人はリュックの中の食糧を少しずつ食べていたというのですが……

足の骨折は癒合して入るものの、変形してしまっているため翌日それを手術して治すことになった森口。
身よりはなく、現在無職のため連絡先もない。
そんな森口を見舞いに来るのは久米ぐらいのものでした。
とはいえ、一か月の間リュックの中身だけで生き延びたという話題はマスコミなどでも取り上げられ、ちょっとした有名人になっている森口。
そのことを伝える久米ですが、森口はずっと不安げな顔で天井を見ているばかり。
元気がないがどうしたんだ、と久米が尋ねると、森口は久米に今晩ここに泊まっていってくれないかと懇願し始めるのです!
流れで彼を助けただけの久米にそんなお願いを聞いてあげる義理はないのでしょうが……にじみ出てくるただならぬ気配に、断ることができなかったのでした。

夜。
身の上話を聞いているうちにうとうととしていると、奇妙なうめき声で目覚める久米。
その視界の中に、思いもよらないものが飛び込んできたのです。
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厚ぼったい唇が印象的な、黒衣の女性。
その女性が森口の上に覆いかぶさり、口と口を重ね合わせていたのです!!
ぎょっとした久米は、誰だと声を上げました。
すると黒衣の女性は顔を上げ、ゆっくりと久米のほうに近寄ってきたかと思うと……にやりと口を大きく湯気馬手笑い、いずこかへと立ち去っていったのです。

森口のほうへ駆けつけてみると、彼は何かを吐き出します。
それは……生肉。
そして森口は言うのです。
今夜もまたやってきた。
もう僕は救出されたのに、もう肉は必要ないのに……

あれは森口が登山中に転落して一週間ほどたったときのことでした。
足の激痛はやまず、リュックの食糧も底をついていたそんなとき。
黒衣の女性が現れたのです。
助けを求める森口にゆっくりと近づいてくる彼女……何やら、くちゃくちゃと口の中で何かを転がしています。
そして森口の言葉など一切意に介さず、彼女はその口の中のものを、口移しで森口に与えてきて……
極限近くまで飢えていた森口にとって、その口移しで与えられた生肉は何よりも甘美な味。
人心地付いた森口ではありますが、黒衣の女は笑い声を上げてそのまま立ち去っていく彼女を見送り、再び絶望にさいなまれるしかなかったのです。
ですが翌日、再び黒衣の女性は姿を現します。
今度は生肉ではなく、生ぬるい……血の味がする液体を口漆で飲ませてきました。
それから女は、毎日のように血と肉を与えに現れるようになります。
森口がひと月生き延びることができたのは、紛れもなく彼女のおかげ。
本当ならば感謝しなければならないところですが、彼女は森口がこうして救助された後も毎日やってくるのです。
飢えているときは美味だった肉も、今ではとても……食べてはいけない物のような、気持ちの悪い味がするように感じられて……

そんな奇怪な出来事に立ち会ってしまっては、見捨てるわけにもいきません。
そのまましばらくこの部屋で寝泊まりすることにした久米ですが、翌日も黒衣の女は現れます。
しかもその日、女が与えてきたのは……
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人間の眼球!!
今度こそ得体のしれないその女をとらえようと、病院の外まで追いかける久米なのですが……
女は外へ出るなり、鳥のように大きな翼を広げて、どこかへ飛び去って行ってしまったのです!!

警察の鑑定の結果、あの生肉と眼球は、同一人物の人間のものだあることがわかりました。
ですが結局その入手経路も、肉の出どころである人間もわからずじまい。
黒衣の女もあらわれず、奇怪な事件は収束したかに見えました。
森口はあの女の陰から離れたいと東京に出ていき、ひと月ほどたつと就職が決まったという連絡が久米に届きます。
あの黒衣の女性のことは何も書かれておらず、久米は胸をなでおろすのですが……
数年後。
森口は、富士山頂の凍結した窪地の陰で遺体となって発見されました。
発見されたとき、巨大な黒い鳥が遺体をついばんでいたという話もありましたが……定かではありません。
そしてそのあと、奇妙な噂話が世間を騒がすこととなるのです。
あの森口が食わされていた肉と眼球のDNAが、森口自身のものと一致した。
つまり、森口が森口の肉を与えられていた、ということでしょうか……?
さらに森口の死の前の日記にこんなことが書かれていたといいます。
もう現れないと思っていたのに、あの女が現れた。
そして女は僕の肉を食いちぎっていった、逃げなくては殺される!
とりあえず海外に逃げることにしよう!
その後、森口はあの女に富士山のくぼ地に連れていかれ、足のモモ肉を食いちぎって動けないようにした挙句、毎日少しずつ肉を食いちぎっていったそうです。
まるで、あのときに少しずつ肉を与えてきたときの、逆のことをするかのように……!

あの黒衣の女は、時空を超えて肉を与えていたのだろうか。
そんなことを考えながら、久米は山に趣味のバードウォッチングに来ていました。
頭上でかさっというもの音が響いたのに気付き、上を見上げてみると……
そこにいたのは
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あの黒衣の女の顔をした、巨大な黒い鳥!!
驚いた拍子にがけ下に転落してしまう久米。
その拍子に足を負傷してしまい、身動きが取れなくなり……!!


というわけで、不気味な黒衣の女をめぐる物語が収録された今巻。
伊藤先生の持ち味である不気味さ、グロテスクさを存分に存分に楽しむことができる本作ですが、もちろん他の作品も見ごたえは十分です。
伊藤先生ならではの、気持ちの悪い不気味な描写をこれでもかと描いてくださる「布団」「木造の怪」、これまた伊藤先生の持ち味である普通ではない趣味を持つ登場人物が大暴れする「解剖ちゃん」、ギャグと紙一重の線をバリバリ攻めていく「富夫・赤いハイネック」「七癖曲美」、不気味な風習を傍観する話と思いきや、一ひねりがくわえられた「緩やかな別れ」、本作収録の中で最も古い作品ながら、画の迫力では一番かもしれない「耳擦りする女」……
それら収録作のすべてが、伊藤先生の持つ様々なエッセンスをきっちりと受け継いだ「らしい」作品となっているのです!!
「憂国のラスプーチン」のような、その画力を生かした非ホラー作品もたいへんよろしいのですが、やはり伊藤先生といえばホラー漫画。
現在は「溶解」シリーズもあることですし、ファンとしてはやはりそっち方面の活躍も期待せざるを得ませんよね!!


今回はこんなところで!
さぁ、本屋さんに急ぎましょう!!