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今回紹介いたしますのはこちら。

「人間失格」第2巻 伊藤潤二先生 

小学館さんのビッグコミックスより刊行です。


さて、自分によってくる「女」に翻弄され、転がり落ちるような人生を歩むことになる葉蔵。
新聞沙汰になる事件まで起こしてしまい、ますます葉蔵は人間らしい人生とは遠い場所で生きることとなってしまうのです。


葉蔵は紆余曲折を経て、京橋のスタンドバーの二階に泊まり込むことになりました。
知り合い、情を交わすようになったバーのマダムの好意に甘えた形で。

この前に厄介になっていた場所を出てきた理由を、「恩があるから」だと言う葉蔵。
恩があるからこそ、自分がいなくなることがせめてもの恩返しになる。
幸福の溢れる場所に、自らが存在する、ということがマイナスにしかならないと考えている葉蔵ならではの価値観です。
それを聞いたマダムは、じゃあ私は恩を売らないようにしなきゃね、と微笑みかけ、葉蔵もまたそうしてくれ、店で奴隷のようにこき使ってくれ、と応えるのでした。

と言っても、そんな扱いを受けることはありません。
マダムは底なしに優しく葉蔵を扱います。
客のような、親戚のような、小間使いのような、はたまた亭主のような……そんな扱いを。
そして営業中にはいつもカウンターの隅に座り、一人で酒をちびちびやっている葉蔵を見かけたバーの客たちも、葉蔵を疎んじるでもなく、ちょっとだけ話のタネに引き出すくらいの扱いしかしないのです。
そんな心地いい空間に触れたためでしょうか、したたかに酔っぱらった葉蔵は、マダムに肩を貸してもらって床に就いた時、こんなことをつぶやくのです。
世の中と言うところは、そんなに怖いところじゃない、よね。
今まで、空中に漂う無数の目に見えない菌や、はだしで道を歩いて踏んでしまった小さな小さなガラス片が体内を駆け巡って眼球から飛び出してくるのではないか、と言うありえない不安におびえるような日々を過ごしてきた葉蔵。
今の葉蔵は、そんなことを考えていたかつての自分を笑うほどにまでなっていました。
が、そんな精神的余裕とは裏腹に、彼の仕事……漫画家業は一層下卑たものとなっていくのです。
新聞漫画を複数連載していた時期もある葉蔵は、今や「上司幾太(情死生きた)」というふざけたペンネームで、駅売りの卑猥な雑誌で汚い裸の絵などを描くような現状。
ストレスはどうしても溜まっていき、世の中に対する自らの不安が緩み、悪く言えば世間に対する用心を失ってきていた葉蔵は、バーの客と一緒に酒をあおりながら、独自の芸術論などをぶちまけることでそれを解消しようとするのです。

そんな日々の続いたある時のこと。
マダムのお願いで向かいのタバコ屋にお使いに行った葉蔵は、そこでヨシちゃんと言う店番の女のこと会話を交わします。
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行けないわ、また昼から酔ってらっしゃる。
そういうヨシちゃんに、なぜいけないんだ、「あるだけの酒を飲んで人の子よ、憎悪消せ消せ」ってね、微醺をもたらす玉杯なれってね、わかるかい?となんだか人を食ったような言い訳をする葉蔵。
わからない、とあっさり切って捨ててくるヨシちゃんに、葉蔵は、この野郎、キスしてやるぞとふざけますと、ヨシちゃんはすっと口をつきだして目を閉じ、してよとねだってくるのです。
そんな口をきくヨシちゃんですが、その表情には汚れを知らない乙女の香りが漂っています。
葉蔵はその魅力に惹かれそうになるものの、すぐに自分にその資格はないとその誘惑を振り払うのです。
が、その後もヨシちゃんはアプローチを続けてくるのです。
ある夜、酔っぱらってマンホールの穴に落ち、ギリギリ両手で自分の体を支える状態になってしまった葉蔵は、目の前のタバコ屋に、ヨシちゃんに助けを求めます。
すぐ駆けつけて助けてくれたばかりか、その際負ってしまった腕の傷まで治療してくれたヨシちゃん。
飲み過ぎますわよ、と葉蔵を心配してくれるヨシちゃんに、葉蔵は明日から一滴も飲まない、やめたらヨシちゃんは僕のお嫁さんになってくれるかい?などと尋ねてみますと……
モチよ、と即答してくれるのです。
指きりをしてその夜は別れた二人でしたが……翌日、葉蔵は昼からやはり酒をあおってしまいます。
やっぱり飲んじゃった、ごめんねとヨシちゃんに語り掛ける葉蔵なのですが、ヨシちゃんは葉蔵のことを信じ切っていました。
あらいやだ、酔ったふりなんかして。
顔が赤いのも夕日が当たっているからでしょう、昨日げんまんしたんだから飲むはずがないじゃないの。
そう言ってにこにこしているヨシちゃん。
葉蔵は、そんなヨシちゃん純真に耐えられなくなったのか、あるいは試したくなったのか……
僕はマダムと寝たんだよ、鎌倉で心中を図って女を死なせたんだよ、と普通なら引いてしまうような真実をカミングアウトしてしまうのです。
それでもヨシちゃんは、全く疑りもせず、そんなのウソウソ、とにこにこ笑っていて……
葉蔵はそんなヨシちゃんを見て、今まで感じたことの内容な感情を抱きます。
信頼の天才がここにいた、汚れを知らぬヴァジニティは尊いものだ、バカな詩人の幻にすぎないと思っていたそれはやはりこの世に生きてあるものだ、
もうどんな大きな悲しみがあとからやって来てもいい。
生涯に一度でいい。
荒っぽいほどの大きな喜びを……!!
葉蔵は決心します。
ヨシちゃんと結婚することを!!
そのことをマダムに報告しますと、マダムは少し間をあけた後、にこりと笑った祝福してくれました。
かつて感じたことのないほどの幸福に包まれることになった葉蔵。
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ヨシちゃんと二人で、桜が満開に咲く道を自転車で駆け、その幸せを心からかみしめる葉蔵なのですが……
そこに、これからを暗示するような幻が現れるのです。
それは……
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竹一を思わせる容貌の少年が、葉蔵が自らのイメージをダブらせるボロボロの奴凧を持って走る姿。
……そうです。
心にあまりにもどす黒い濁りを抱えた葉蔵が、まっとうに幸せになることなど、できるはずもないのです……



というわけで、葉蔵に人生最大の幸福が訪れる今巻。
この大きな幸福が得られるなら、この後どんな悲しみが来てもいい。
そう考えた葉蔵ですが……やはり、悲しみはやって来てしまいます。
いや、自らそこに踏み込んでいった、という方が正しいでしょうか……
この後、物語はどんどんと不穏な空気が増していきます。
まっとうな夫婦生活を送ろうと言う葉蔵とヨシちゃんの前に現れる、三人の男。
彼らはそれぞれ、二人の生活にわずかな希望と、漆黒の闇を落とし込んでいきます。
徐々に追い詰められていく葉蔵は、やがて……!!

今巻で本作は原作の8割くらいを消化。
おそらく次の巻で原作の全てを描き切ってくれるのでしょうが、一体どんな結末を迎えるのでしょうか。
原作通りの結末を迎えるのか、原作で描かれなかったその後を描くのか?
また本作の冒頭で描かれた、太宰先生自身の物語が描かれる可能性もあるわけで、ひょっとしたら善3巻とはならないかもしれません!
実際今巻の終盤の展開は伊藤先生オリジナル要素がたっぷり盛り込まれて大きく物語を膨らませてくださっていますから、予想とは大きく違う展開が待っていることもありうるかも……?

そして伊藤先生ならではの、おどろおどろしく、生々しい描写は今回でもたっぷり!!
退廃的なムード漂う原作を、禍々しく彩る伊藤先生の腕前を心行くまでご堪能ください!!



今回はこんなところで!
さぁ、本屋さんに急ぎましょう!!