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今回紹介いたしますのはこちら。

「山怪談」 原作・安曇潤平先生 

朝日新聞出版さんのHONKOWAコミックスより刊行です。


安曇先生は04年から活動を始めた作家さんです。
様々な作品を発表されている安曇先生なのですが、得意としているのはもっぱら「山」にまつわる怪談!
自身もたくさん体験されている山の恐怖を認め続けている安曇先生、今回は様々な漫画家さんの手でそれらの作品を漫画化することとなりました!
ホラー畑で活躍されている先生から、多様なジャンルを描く大御所まで参加している本作ですが、ここはやはり現在のホラー漫画界をリードしていると言っても過言ではない大物、伊藤潤二先生が手掛けられたエピソードを紹介したいと思います!!



9月初旬、とある山の山小屋でのこと。
安曇先生はこの山で出会った、天野と言う山岳写真が趣味の中年男性と、石田と言う若い登山家と一夜を共にすることになっていました。
せっかくなのでいろいろと会話を楽しもうと言うことになりまして……石田が依然あのアイガーに登ったことがあり、遭難しかけた、と言う体験談から、以前この山で起きた奇妙な遭難事故の話題が始まりました。
その場に居合わせた小屋の管理人さんも交えて行われたその事故は、こんな内容のものでした。

遭難したのは50代の女性。
相当経験のありそうな登山者、と言った印象を受けた彼女は、この山を往復してくると管理人さんに告げて小屋を出発しました。
ところが夕方になっても帰ってこなかったのです。
この日を快晴で登山客も多く、事故があれば誰かが気がついてもおかしくない状況にもかかわらず、目撃者はゼロ。
結局彼女は翌朝、滑落して死亡した状況で発見されたのです。
不思議なのは、彼女が落ちたと目される場所はなだらかな馬の施錠の稜線の中間地点で、わざわざ登山道を数メートル外れて崖の方向へ歩かなければ落ちるはずのない場所だったこと。
自殺かもしれないともいわれたのですが、管理人さんが生前の彼女を見た感じ、そんな暗い雰囲気は微塵も感じなかったというのです。

どうしたんだろうかといろいろ憶測を語りあううちどうですが、そんな中石田は思い当たることがある、と言いだしました。
それは、5年ほど前の八月初旬、北アルプスでのこと。
梅雨明けを待ちわびた客でにぎやかな稜線を歩いていた石田なのですが、ふとした瞬間、周りに誰もいない状況になってしまいました。
たまにあると言う、他の登山客と連なっていたはずが、いつの間にか一人になってしまうと言うエアポケットに入ったかのような状況に陥った石田。
ですが石田はこう言った状況も慣れているようで、その一人きりの状況も楽しんで登山を続けるのです。
が、ほどなくして正面から一人の、妙にスリムな男がこちらに向かってくるのに気が付きます。
だんだんと近づくにつれて、その男がものすごい笑顔を浮かべているのがわかってくるのですが……その感覚は誤りであったことがすぐに判明します。
男は、笑っているのではありませんでした。
まるで、
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般若のように歯を食いしばり、悪鬼のような憤怒の形相を浮かべている……!!
さらに奇妙なことに、その男の足を運ぶゆったりした速度と、石田に向かって近づいてくる猛烈な速度が全くあっていないのです。
これはこの世のものではない!
直感した石田は、とっさに踵を返して全力で走って逃げだします。
憤怒の形相の男の手が石田の顔に伸びる……と言うギリギリのところまで追い詰められたものの、その道が行ったん遮られる曲道を超えたところで忽然と男の姿は消滅。
事なきを得たというのです。

もしかしたらその女性もこの男と出会い、自分と違って逃げ出さなかったのではないか?と言いだす石田。
すると今度は、天野がこんな経験があると声をあげ始めます。
山の星空を取りたいとある山の中にテントを張った天野、撮影をひとしきり終えた午前一時ごろに寝袋に潜り込みました。
すると、テントの外から足音が聞こえてきました。
……今は午前1時。
まともな登山者ならば歩いているわけがない時間です。
まんじりともできない時間を過ごす天野。
するとその足音はテントの前で止まります。
しばらくその謎の足音の主の息遣いだけが聞こえてくる、と思っていると……突然テントの壁に、その音の主の両掌が押し付けられてきました!!
グイグイと近づけられるその両手。
どうしていいかわからず戸惑っていますと、その両掌の……数十センチ下に、
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笑顔のような、憤怒のような表情の顔がテントの壁越しに現れたのです!!
その顔は、生きた人間ではありえない体勢のまま、天野に迫ってきます。
恐怖にかられていますと、今度は背後から何かを押し付けるような音が聞こえてきました。
振り返るとそこにあったのは、同じ表情の顔!!
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両側から襲い掛かる顔と手、と言う悪夢のような状況に苛まれた天野ですが、とっさに鞄の中からカメラを取り出すことができました。
そこで強烈なフラッシュをその顔面に向けて焚いたところ、その顔は奇怪な悲鳴を上げて消えたのでした……

天野はその顔と、石田が見た男の顔が似ているのではないか、と思ってこの話をしたのだとか。
もっともこちらは二人でしたけどね、と言う天野。
……一連の話を黙って聞いていた安曇先生ですが……
そこで、一つの仮説が浮かんできたようです。
その仮説は……想像するのも恐ろしいもので……!!



と言うわけで、伊藤先生らしい得体のしれない怪異との遭遇を描く物語から幕を開ける本作。
このほかにも山にまつわる怪談が様々繰り広げられていくこととなります。
「クロエの流儀」でおなじみの今井大輔先生が描く、とある大学の山岳サークルで起きた、恐ろしくも切ない物語。
「スピ☆散歩」の伊藤三巳華先生の筆による安曇先生自身が経験された恐怖譚。
本当に多種多様な作品を手掛けるベテラン、吉富昭仁先生の、とある沢で出くわした夜の出来事を描くお話。
そしてHONKOWA系で活躍されている猪川朱美先生の、山での死にまつわる二本のお話、と5人の漫画家さんによるお話が収録されています。
山にまつわる物語だけに、遭難や事故死がついて回る、一層リアルな恐怖が楽しめるものばかり。
かと思えば、本当に「怪談」らしい、呪いめいたお話なども用意されているなど、山と言う縛りがあるとは思えない様々な方向の恐ろしさを体験させてくださいます!!

山登りが好きな方が一番楽しめるのでしょうが、そうでない方でも十二分に楽しめる作品になっている本作。
伊藤先生や吉富先生目当てでご購入されてもきっと満足できることでしょう!!



今回はこんなところで!
さぁ、本屋さんに急ぎましょう!!