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今回紹介いたしますのはこちら。

「人間失格」第1巻 伊藤潤二先生 

小学館さんのビッグコミックスより刊行です。


さて、ホラー漫画界の戦闘を走っていると言ってもいい伊藤先生の最新作となる本作。
近年では「憂国のラスプーチン」など原作付きのホラーではない漫画も執筆されておりまして、本作はそちらの流れを汲んだ、まさかの文豪・太宰治の「人間失格」を漫画化した作品になっているのです!!
ですがそこは伊藤先生、ただ漫画にするだけではありません。
かの名作を伊藤先生ならではの味付けで生まれ変わらせているのです!!



恥の多い生涯を送ってきました。
そんな書き出しから、彼は人生を振り返っていました。
彼の名は、葉蔵。
自分以外の人間のことが一行に理解できず、隣人とほとんど会話することができない。
幼い日からそんな悩みを抱えてきた彼は、自然とこんな生き方を選んでいました。
道化です。
葉蔵はいつもおどけて人を笑わせることで何とか交流することができていました。
恐怖の大将であった父の機嫌を取るためにおどけて見せ、それで笑ってもらえれば安堵する。
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そんな生活は、彼に地獄のような思いを抱かせていたのです。

あるとき、こんなことがありました。
議員を務めていた父が少しの間上京することになり、お宮がは何がいいかと家族のみんなに尋ねてきます。
他の家族たちは次々に欲しいものを口走っていき、父はそれをメモしていたのですが……葉蔵は、答えることができません。
そんな彼の顔を見て、父は浅草の仲店に子供が遊ぶための小ぶりな獅子舞があったが、欲しくないかと田主けてきます。
ですがその「ほしくないか」と言う問いが、一層葉蔵を困らせてしまいます。
そう聞かれると途端に、何もほしくなくなってしまい……
固まってしまった葉蔵の代わりに、本がいいでしょう、と兄が答えます。
それを聞いた父は、つまらなそうな顔をして、そうか、と一言つぶやくとメモを閉じるのです。
……葉蔵はその素振りを見て、絶望します。
なんという失敗、お父さんを怒らせた!!
その不安や焦燥感は葉蔵の胸を掻き立て、夜眠ることすら許しません。
どうにかしないと、と考え続けた結果……
深夜に父の書斎に潜り込み、あのメモを取り出して自分へのお土産に「シシマイ」と書き足す、と言う行動をとったのでした!
結果としてそれは成功します。
父はその行動を、本当はものすごく獅子舞が欲しかった葉蔵の無邪気な悪戯だと思ってくれて、上機嫌になってくれたのです。
実際は獅子舞などより本のほうが欲しいくらいだったのですが……
自分が欲しいものを手に入れることより、父の顔色をうかがうことのほうが葉蔵にはよっぽど大事なのです。

そんな道化としての生き方に活路を見出す葉蔵でしたが、学校では別の問題が持ち上がってしまいます。
もともとの頭の出来が良かった葉蔵は、学校でトップの成績を収めていました。
そうして、尊敬を集めつつあったのです。
葉蔵にとって尊敬されるというのは、完全に近く人をだまし、そしてそれを全知全能の者に見破られ、死ぬ以上の赤恥をかかされる、と言うものだと考えていました。
そこで、授業中に滑稽な漫画を描いて、休み時間に友達に読ませてみたり、授業で書く作文ではおっちょこちょいな失敗談を描いて見せたり、犬に追いかけられて慌てて逃げて見せたり……いわゆるお茶目な面を見せることで、その尊敬の目を和らげることができたのです。
どんどんと加速せざるを得ない、道化としての所作。
そして……その一方で、葉蔵の本性は一層闇深きものになっていたのです。

議員の父に対して、周りの取り巻く者たちは称賛の声で誉め立てます。
が、それはあくまで父を目の前にしたときだけ。
影では、下手な演説なんて苦痛なだけ、あれでよく議員が務めるものだと悪口を叩いているのです。
そしてその父は、そんな人々に対してあなたたちの支援のおかげでやってこれている、あなた達は私の宝だと感謝の言葉を並べるのですが……人々の目のない所では、何もわからないくせに図々しく政治を語る、と罵倒していたのです。
そんな人間の裏表を見させられて、葉蔵は一層人間の不可解さを感じていくことになります。
さらにそんな人間不信に追い打ちをかけるように、下男や女中から、体を弄ばれる仕打ちを受けていたのです。
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美男子であり、表面的には愛想もいい彼は、そんなものたちの情欲を駆り立てていたのでしょう。
そして人の顔色をうかがい続けていた葉蔵が、そんな辛い事実を誰にも打ち明けることができなかった、と言うのもそのつらい現実が続く原因にもなっていたのかもしれません。
葉蔵はむしろ人間の特質をまた一つ垣間見られた、と言う気持ちすら感じて、ただ薄く笑うだけ……
そうして彼にしみついた孤独の匂いが、のちの彼を悩ませる「女性」問題につながっていたのかもしれません。

そんな生活に大きな穴が穿たれたのは、中学校に通っていたある日の出来事でした。
その日、学校で体育の授業が行われていて、葉蔵は鉄棒に飛びつこうとジャンプしたものの、届かない……と言ういつもの調子の道化を演じ、クラスのみんなの大爆笑を誘うことに成功します。
大成功、と内心でほくそ笑んでいたのですが……
そんな時、クラスメイトの竹一と言う男が近寄ってきました。
竹一はクラス一貧弱な体の持ち主で、ルックスも褒められたものではなく、学力もまるでダメ、と言うとりえのない生徒です。
クラスでも蔑まれている彼が……葉蔵にこう言ったのです。
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ワザ。ワザ。
……その言葉を聞いた瞬間、葉蔵は戦慄したのです。
わざと失敗して笑いを誘ったと言うことを、よりによって竹一に見破られてしまった……!
瞬間、葉蔵はまるで地獄の業火に包み込まれるような錯覚を覚え、発狂してしまうのではないかと言う気配を覚えるのです……!!



というわけで、あの名作を伊藤先生が描く本作。
紹介させていただいた序盤では、伊藤先生らしい気味の悪い筆致とさすがのおぞましさで飾り付けをした程度にとどまり、ほぼ原作通りに進んでいます。
ですが、本番はこの後から!!
原作では普通に関係が切れた感じの竹一が、とんでもないことになってしまいます。
そしてその結果あが、葉蔵の精神をさらに追い込んでいくことになるのです!!

この後も基本的には原作通り進んでいきます。
ですがキャラクターの個性を強めてみたり、伊藤先生らしいえぐみを増した描写がちらちらと顔をのぞかせたりと、どんどんと伊藤先生作品らしさを上げていくのです!!
中盤の見せ場であるあの女性とのあのシーンなんて、なんかもうものすごいことに……!!
まさしく伊藤先生の真骨頂と言えるそちらのシーン、いろいろな意味で必見です!!

原作の長さ的に2巻、長くても3巻くらいで終わりそうな子の作品ですが、今巻の始まりがちょっと違う形になっているだけに、もしかしたらその後の展開も楽しめたりするのかもしれません。
そんな今後の展開を楽しみにしつつも、今は伊藤先生味に染め上げられた名作を堪能しましょう!!



今回はこんなところで!
さぁ、本屋さんに急ぎましょう!!